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日産 オースチンA50型(1960・日本)

日産 オースチンA50型(1960・日本)

日産 オースチンA50型(1960・日本)
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日産自動車も英国のオースチン社と技術提携し、1953年4月からA40サマーセットの国内生産をはじめ、1955年に新型のA50ケンブリッジに切り替えられた。当時の国産自動車では比較にならないほど快適な乗り心地と優れた走行性を備え、人気も高かったが、なにより提携で得た海外の先進技術を自社のものとして、その後、次々と新しいモデルを送り出したことは高く評価できる。

トヨペット コロナPT20型(1960・日本)

トヨペット コロナPT20型(1960・日本)

トヨペット コロナPT20型(1960・日本)
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急増する小型車市場で苦戦を強いられたコロナPT10型の陰で着々と開発が進められたPT20型(ニューコロナ)は、オーナーカーとしての自信作であった。カンチレバーの後輪懸架がもたらす乗り心地のよさや、ティーザーキャンペーンをわが国で初めて展開するなど話題を呼んだ。

ニッサン セドリック30型(1960・日本)

ニッサン セドリック30型(1960・日本)

ニッサン セドリック30型(1960・日本)
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1960年に発売されたこの車は、オースチンの優れた技術を完全に吸収、さらにエンジン、シャシー、ボディー等すべての面にわたって新しく設計され、G型エンジン、71馬力、最高速度130km/hの高速安定性を誇り、また縦4灯のヘッドランプが大きな特徴であった。車名はバーネットの名作「小公子」の主人公セドリックにちなみ、強く、正しく、美しい少年の代名詞として広く親しまれた。

マツダ R360クーペKRBB型(1961・日本)

マツダ R360クーペKRBB型(1961・日本)

マツダ R360クーペKRBB型(1961・日本)
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1960年、スズライト、スバルに続いて東洋工業(現マツダ)も軽自動車の市場にR360を登場させた。軽自動車に4サイクルエンジンや本格的なAT(2速)を採用するなど画期的なメカニズムを備え、まるでスポーツカーのようなスタイルを限られた枠のなかでコンパクトにまとめあげたことは大いに注目された。キャロルにバトンタッチする1966年まで生産された。

パブリカ UP10型(1961・日本)

パブリカ UP10型(1961・日本)

パブリカ UP10型(1961・日本)
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国民車構想に合わせる意味で発表したトヨタパブリカは、最初から大衆向け実用車としての極めて合理的なフォーマットを踏襲したもので、技術的にもスタイリングにおいても注目できるものであった。ところが、高級志向が強まりはじめたニーズと噛み合わず、商業的には予想外であった。ちなみに車名は一般から公募されたもので、PublicとCarの合成語である。

三菱500 A11型(1961・日本)

三菱500 A11型(1961・日本)

三菱500 A11型(1961・日本)
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国民車構想に対応して新三菱重工(現三菱自動車)が出した回答は三菱500であった。このクラスでは格安ともいうべき39万円で売り出され、発表は1959年秋のモーターショー。価格をのぞけば、ほぼ国民車構想を満たしていた。この価格を実現するための徹底した合理主義は、インテリアの装備やアクセサリーなどを犠牲にはしたが、メカニズムを優先した高い実用性も持っていた。展示車は性能を向上させ、装備を充実させたスーパーデラックスで、1961年8月に追加されたモデル。

日野 コンテッサPC10型(1961・日本)

日野 コンテッサPC10型(1961・日本)

日野 コンテッサPC10型(1961・日本)
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ルノー公団との技術提携の成果をいかして生まれた日野ルノーは順調な発展をつづけ、1961年4月には独自の設計によるコンテッサ900を発表。ルノー4CVの技術を生かしているもののボディスタイルは一新され、コンテッサ(伯爵夫人)の名にふさわしいスタイルであった。駆動方式はRRで軽快な連動性能、素直なエンジン、小柄なボディなどスポーティな性格を持ち、1963年の第1回日本GPではクラス優勝した。

日野 ルノーPA62型(1962・日本)

日野 ルノーPA62型(1962・日本)

日野 ルノーPA62型(1962・日本)
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現在はトラックやバスなど重量車両の生産で知られる日野自動車がフランスのルノー公団と技術提携を行ない、1953年からルノー4CVの生産を開始。愛嬌のあるスタイルやRR駆動の優れた操縦性、コンパクトなサイズからタクシーにも多く利用された。さらにこの国産化によって得た技術は独自の設計でコンテッサ900(1961年発表)や1300(1964年発表)を生み出す結果となり、わが国のモータリゼーションに大きな役割を果たした。

コニーグッピースポーツ(1962・日本)

コニーグッピースポーツ(1962・日本)

コニーグッピースポーツ(1962・日本)
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愛知機械工業は、1961年、軽自動車よりさらに小型の100kg積超軽量小型トラック、コニーグッピーを発売した。22.5万円という低価格に加えて4輪独立懸架やトルクコンバータ装着によるノークラッチなどが注目されたが、1年少々で生産は中止され、生産台数は5千台弱に留まった。この車両は、販売店の愛知ヂャイアント(株)がオープンボディに改装したもの。

ダットサン ブルーバードP312型(1963・日本)

ダットサン ブルーバードP312型(1963・日本)

ダットサン ブルーバードP312型(1963・日本)
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日産自動車は1959年7月、110型からつづくダットサンセダン210型をモデルチェンジした310型、つまり初代ブルーバードを発表する。長期にわたる市場調査から生まれた新型は210型の堅牢さを受けつぎながら多くの新技術やエレガントなスタイルを採用。またたく間に小型車市場を席巻した。大きな特徴は世界でも初めて女性仕様のファンシーデラックスを設定して女性にも大きなアピールをしたことであろう。この312型は1962年にマイナーチェンジを受けた最後のモデルで、63年には410型とバトンタッチすることになる。

トヨペット クラウンRS41型(1963・日本)

トヨペット クラウンRS41型(1963・日本)

トヨペット クラウンRS41型(1963・日本)
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日本の高級車市場を開拓したクラウンは、本格的な高速交通時代に備え、1962年に高速性能、居住性能を兼ね備えた2代目へモデルチェンジした。デザインもTの字を象徴したラジエーターグリルやボンネット、トランクを完全にフラットにするなど近代的となった。また、その後MS40系シリーズでは様々な装置を追加してワイドセレクションを実現、幅広い市場の要望に対応した。

ダットサン フェアレディ SP310型(1963・日本)

ダットサン フェアレディ SP310型(1963・日本)

ダットサン フェアレディ SP310型(1963・日本)
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この車は、1962年わが国で初めて本格的なスポーツカーとして開発された。スマートなボディに直列4気筒OHVエンジンを搭載しブルーバード312型と同じシャシーを使用、リアには横向きの変則的なシートを持つオープン3シーターである。1963年に開催された第1回日本グランプリに出場、ポルシェ、トライアンフTR4など外国製スポーツカーを相手に見事クラス優勝した。その後、フェアレディは1600(SP311型)、2000(SR311型)へと発展、モータースポーツで大いに活躍した。

ホンダ S500 AS280型(1964・日本)

ホンダ S500 AS280型(1964・日本)

ホンダ S500 AS280型(1964・日本)
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当時、すでに2輪メーカーとして名を馳せていたホンダが4輪分野へ進出、本格的なライトウェイトスポーツであるS500を送り込んだ。デビューは1963年、前年に発表したプロトタイプS360の生産型である。531ccの超小型4気筒ツインカムには4基のCVキャブを装着して44hp/8,000rpmの出力から最高速度は130km/h。小型車としては驚異的なパフォーマンスと軽快な2座オープンボディから若者の憧れを一身に集めることになった。その後、このモデルはS600、S800へと発展、本田技研工業の自動車部門の基礎を築き上げた。

トヨペット コロナRT40型(1964・日本)

トヨペット コロナRT40型(1964・日本)

トヨペット コロナRT40型(1964・日本)
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RT20型で初期の苦しい立場から脱したコロナは着実に生産を伸ばし、1964年5月には総力をあげて新型RT40型を送り出した。4灯式ヘッドライトの新しいスタイルを持ち、最高速度も140km/hに向上、同時に開通したての名神高速道路での10万km連続走行公開テストなどハイウェイ時代をイメージする積極的な販売戦略を展開したのである。その結果、国内、輸出の両面で大成功を収めトヨタの主力となったばかりか、技術レベルを一気に国際水準まで引き上げることになった。

プリンス グロリア スーパー6(1964・日本)

プリンス グロリア スーパー6(1964・日本)

プリンス グロリア スーパー6(1964・日本)
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プリンス自動車工業(現、日産自動車)は2代目グロリアに、国産の市販車としては初のオーバーヘッド・カムシャフト(OHC)を採用した6気筒エンジンを搭載して、1963年に追加発売された。155km/hの最高速度と、スムーズさ、静粛性により高級・高性能イメージをうえつけ、このクラスでの6気筒OHCモデルの先鞭をつけた。

トヨペット コロナRT50型(1965・日本)

トヨペット コロナRT50型(1965・日本)

トヨペット コロナRT50型(1965・日本)
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すでにファミリーセダンとして成功を収めていたコロナも、さらに市場の拡大をはかるために、1965年4月にスポーティーな1600Sを発売。6月にはわが国初めてハードトップを製品化した。センターピラーのない開放的なスタイルは文句なく新鮮で、当時もっとも好まれたモデルでもあった。コロナはスポーティーなパーソナルカーを求めるニーズにいち早くこたえた草分け的存在だったのである。

トヨタ スポーツ800 UP15型(1965・日本)

トヨタ スポーツ800 UP15型(1965・日本)

トヨタ スポーツ800 UP15型(1965・日本)
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トヨタスポーツ800は、1962年のモーターショーで発表されたプロトタイプであるパブリカスポーツを祖として、1965年4月に登場。空気力学を重視した機能的なスタイルをそのままに、パブリカのコンポーネンツを用いてコストダウンを考えた大衆のためのスポーツカーであった。価格は59.5万円。デタッチャブルトップの開放感と、わずか790ccの空冷水平方向2気筒から得られる、155km/hの最高速度はドライブの楽しさを一般的なものにしたのである。

ダイハツ コンパーノスパイダー F40K型(1965・日本)

ダイハツ コンパーノスパイダー F40K型(1965・日本)

ダイハツ コンパーノスパイダー F40K型(1965・日本)
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コンパーノベルリーナ800をオープンにしたファミリースッポーツモデルで1リッターの高出力型エンジンを載せ、足まわりを硬めにして最高速度145km/hを出した。当時は、日本グランプリレースの開催や名神高速道路の開通などが相次いで、各社がスポーツカーや乗用車派生のスポーティモデルを競って商品に加えた時期であった。

マツダ ファミリア(1966・日本)

マツダ ファミリア(1966・日本)

マツダ ファミリア(1966・日本)
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R360クーペやキャロルにより、軽自動車部門での足場を固めた東洋工業(現マツダ)は、小型自動車部門への本格的な進出として1694年10月、マツダファミリア800を発売した。ファミリアは、アルミ合金を多用したエンジンを搭載。また、足まわりにはメンテナンスフリーをめざし、ポリウレタン・ラバーのブッシュを用いてグリースアップを不要とするなど、進歩的な車として注目された。

ダットサン サニーB10型(1966・日本)

ダットサン サニーB10型(1966・日本)

ダットサン サニーB10型(1966・日本)
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昭和40年代は、高度成長による所得水準の上昇と技術革新による大量生産がコスト低減をもたらし、乗用車市場が急ピッチで拡大した。1966年に発売されたこの車は、3連コラムシフトのトランスミッション、2ドアセダンのボディ、グレードはデラックスとスタンダードの2種類(価格は46万円と41万円)とシンプルな商品構成で、車名も一般から募集するなど量販を前提としていた。その後、発売されたトヨタカローラ等と競争しつつ大衆化に寄与した。

ニッサン シルビアCSP311型(1966・日本)

ニッサン シルビアCSP311型(1966・日本)

ニッサン シルビアCSP311型(1966・日本)
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ダットサンフェアレディのシャシーをベースに新開発の1600ccエンジンを載せ、定員を2人におさえた斬新なスタイルで1965年に登場した。DHVながら90馬力を出した新エンジンや、わが国初のポルシェタイプサーボシンクロ式トランスミッションなどを採用し、フォーマルにも使えるスポーティカーとして注目を集めた。

トヨタ カローラ KE10型(1966・日本)

トヨタ カローラ KE10型(1966・日本)

トヨタ カローラ KE10型(1966・日本)
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1966年10月に誕生したカローラはトヨタの最も成功したモデルというだけでなく、我が国へ本当の意味でのモータリゼーションをもたらした大衆車といっても過言ではない。性能、経済性、快適性など、あらゆる面で市場のニーズに応えた。エンジンは新開発のK型エンジンで水冷4気筒の1,077ccは"プラス100ccの余裕"として大きな反響を呼んだ。

いすゞ ベレット 1600GT PR90型(1966・日本)

いすゞ ベレット 1600GT PR90型(1966・日本)

いすゞ ベレット 1600GT PR90型(1966・日本)
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1963年に発売されたいすゞベレットは、多様化するニーズに対応するため、シート、ミッション、ハンドブレーキの組合せが自由に選択できるシステムを採用。さらに翌年4月、国産車で初めて車名にGT(グランツーリスモ)が冠せられたベレット1600GTを発売した。このベレット1600GTは、SUツインキャブレターを装着し高出力、すばやい加速性などの高性能車として注目され、モータースポーツにおいても活躍した。

プリンス R380-T(1966・日本)

プリンス R380-T(1966・日本)

プリンス R380-T(1966・日本)
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矢田部テストコースで、1965年にE級世界記録を樹立したプリンスR380は、わが国初のミッドシップ・レーシングカーとして、1966年の第3回日本グランプリでデビューして、1、2位フィニッシュを飾った。エンジンは後にデチューンしてスカイラインに積まれたことでも有名なGR-8型、ギア駆動の6気筒ツインカムである。もちろんR380はGPだけでなく多くのレースで活躍したが、1968年にグループ7に転向して、シボレー5.5リッター、V型8気筒を搭載したR381に発展した。

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